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2011.08.14 (Sun)

大腰袴の宮女(官女)


※サムネイルからサイトページに飛びます



江戸末:大腰袴の宮女(官女)  (2011/08)
 




江戸時代になると京の御所で宮女が日常十二単を着ることはなくなり、
白の小袖に長袴という服装が普段着となります。

江戸も後期に下ると、このような幅を広くした袴を肩にかける姿が流行します。
髪型も、かつての垂髪(すべらかし)から、左右の鬢を張った大垂髪(おおすべらかし)に
結い上げる結髪が誕生します。

この官女は大垂髪ほど鬢を張らない、中垂髪に結い上げています。




小袖に長袴、といういでたちがとても好きなのですが、
この袴の着こなしは奇抜で面白いですよね^^

私は多分見たことないのですが、お雛様の三人官女でこういった格好をしているものもあるらしい。これまでは注意して見てなかったので、いつかこんな官女さま見れたらいいなぁ。


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06:22  |  服飾史、化粧史、風俗史など

2010.10.29 (Fri)

加藤ミリヤと後漢をつなぐ不思議な化粧史

ご無沙汰してます。
体調も戻り、ようやく仕事も復帰することができました。

今サイトの方も再開準備中です。
11月からは再開したいなぁと思っています。


そんな折
つい今日の朝、ニュースで『女性のメイクが変わってきている』という特集を目にしました。

今まさに旬のメイクは“困り顔メイク”であると。

どうやら加藤ミリヤの表情を真似たメイクのようなんですが、
眉を短く心持ち八の字のように描き、目を潤んだように見せるメイクなんだとか。

メイクの専門家によると、これは現代の不景気で不安定な社会情勢の中で、
“守って欲しい”という女性の心理が表れたもの
だとか、
やや信憑性の薄そうなお話をされていましたが…

しかししかし。

このメイクが21世紀の現在に流行っているというのが
私にとっては甚だ面白いことなのであります。


少し前から何となく手すさびに描いている絵がありまして、
実はその題材となっている女性、
後漢時代の加藤ミリヤとも言える女性なんですね。

 
  孫寿_製作途中
  (※制作途中の孫寿画)


 《追記》
  完成しました。
  孫寿



どういうことかと申しますと、この女性。
名を孫寿と申します。

後漢の王室の外戚であり、政治家でもある梁冀の妻で、書けば色々あるのですが、夫との面白エピソードはこの際そっと脇に寄せておきまして…

この孫寿、この時代の所謂ファッションリーダー的存在であったと言われます。


得に有名なものに、彼女が考案したメイクである
眉を八の字に描いて愁いを帯びたように見せる「愁眉」(しゅうび)
そして目の下をぬぐって赤くぼかし、泣きはらしたように見せる「啼粧」(ていしょう)
というものがあります。


そう、現代の“困り顔メイク”そのままなんです。


また、髪を束ねた髷(まげ)を少し傾けて乱れ髪を演出する)「堕馬髷」(だばけい) でもって
セクシーさを強調させます。

そして笑い方は
歯が痛んでいるかのようにかみ締めて笑う「齲歯笑」(うししょう)

トドメに、
腰(というか恐らくお尻でしょう)を左右に振って歩く)「折腰歩」(せつようほ)
という歩き方でしなを作って歩きます。

「折腰歩」に至っては、後代、中国を代表する三代人体奇形術の一つとも言われる纏足文化の匂いを感じますし、何より現代の女性のシンボル、ハイヒールを履いた女性の腰の動きを連想させますよね。
そう、セックスシンボルと唄われた、かのマリリン・モンローを彷彿とさせる女性の動きを、紀元後間もない後漢の孫寿は体言していたのです。

そしてメイクは加藤ミリヤの困り顔、うなじに垂れた乱れ髪…


足元すら覚束ない手弱女の如きか弱い女性の姿
2000年前も今も、女性が男性の目を意識して女性らしさを作る様は同じといえるのです。


とても興味深くはありませんか?



私も勿論、お化粧は大好き…というか、生きるのに必須でございますw
そしてもういい歳ですので、自分の顔を映えさせるメイクも
一通りわかっているつもりでおります。

そんな私も、孫寿に倣って、たまに気分でこの“困り顔メイク”を実践しておりました。
孫寿ほど著しいものではないですが、所謂この種のメイクは
心持ち女性らしさを出したい時には使えるのですよ。

そんな女性ならではの気づきのある、とても興味深いニュースだったので
今回こちらで取り上げてみました。


それではこのへんで。


22:08  |  服飾史、化粧史、風俗史など

2009.07.27 (Mon)

纏足と潘玉奴についての記載変更

昨日アップした潘玉奴の絵と説明文について反響を頂きました。
ありがとうございます。

しかし自身で改めて説明文を読み返してみると、纏足の歴史認識に誤解を生む表現に
なっていたんじゃないかと思い、サイトの説明文を一部改めました。


  ⇒ サイトページ 【南朝斉:歩歩生蓮花】


説明文に、潘玉奴自体が纏足の発祥であるかのように記載していたことで、
あたかも潘玉奴の南北朝時代から纏足の施術が始まったかのように捉えられる
書き方をしてしまっていたのですが、纏足の施術自体は、彼女の時代から
更に500年ほど下った五代~宋代の間に始まり、民間に広がったとされる
説が
一般的です。

そして纏足での歩行の美しい様を、潘玉奴の故事になぞらえて“金蓮歩”と呼んだと
いわれています。

ですので、恐らくは潘玉奴自体が纏足の施術そのものの発祥となったということではなく
纏足歩行の形容の理想系のように言われた、
という方が正しいと言えます。


ただし、纏足という風習が一般に普及するより以前に、小足に女性美とセクシャリズムを
見出す中国文化を体言した女性の一人であることは間違いなく、そういった点では
“纏足の発祥”というより、“纏足文化に影響を与えた人物”というべきかもしれません。

紛らわしい書き方をしてしまい、申し訳ありません。


ちなみに、纏足について、学生時代にちょっとだけもにやもにゃやったんですが
そのときに読んでた資料とか論文とかの名前もさっぱり忘れてしまいました。

今回図書文献としては
岡本隆三氏著『纏足物語』(1990年福武文庫出版)
主に参考にさせていただいています。

纒足物語 (福武文庫)纒足物語 (福武文庫)
(1990/08)
岡本 隆三

商品詳細を見る


同書には、纏足の施術の仕方から、纏足を使った房中での愉しみ方に及ぶまで
非常に興味深い説やエピソードの数々が紹介されていますので、
ご興味のある方はご一読されてみてはいかがでしょうか。


02:29  |  服飾史、化粧史、風俗史など

2007.05.13 (Sun)

春筍


纏足女性1


春筍婦人


春筍のような白く柔らかい小さな足は、長く中国女性の美の象徴でありました。

男性のためその歓心を買うために、自我も芽生えないうちから激痛に耐えて肉体矯正を繰り返していた中国女性はやはり強くて美しかったんだろうなぁと思います。

纏足については書きたいことがまだまだあるのでまた改めて。
18:11  |  服飾史、化粧史、風俗史など
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